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連載

皇室の風86

一切の恩遇は不詮議
岩井克己

2015年10月号

 外交史家豊下楢彦の新著『昭和天皇の戦後日本』(岩波書店)を読んだ。

 講和と日米安保条約、米軍の長期駐留が決まった裏に吉田茂内閣の頭越しに「天皇の二重外交」があったことを明らかにした業績で知られる。先ごろ公開された『昭和天皇実録』を読み込み、自説の補強を試みている。

 元侍従長徳川義寛、元侍従卜部亮吾の日記など筆者が発掘した史料を随所で引用してくれており、記者冥利に尽きる。半面、自分の史料の読み込みが浅く「木を見て森を見ざる」弊に陥っていた反省しきりである。

 最たるものが『徳川義寛終戦日記』の昭和二十年九月二十日、藤田尚徳侍従長がマッカーサー元帥に会った記述だ。占領下、天皇と元帥との初めての会見を一週間後に控えての下ごしらえだった。

「藤田侍従長はマッカーサー元帥を訪問。后一・二〇―一・二五 マッカーサー訪問復命、侍従長。侍従長はこののちすぐに語るに(略)マ元帥によく来たと言って挨拶され、思召を伝えたところ、特に健康状態のお尋ねを感謝し、又ポツダム宣言事項を実行するとの御決意を伝えたところ、その・・・