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連載

本に遇う 連載193 

原節子の長い晩年
河谷史夫

2016年1月号

 晩秋初冬、東劇の「松竹百二十周年祭」でデジタル修復版の一挙上映があり、小津安二郎の幾つかも掛かるというので通った。十一月二十五日、『東京物語』を観た。その夜、原節子が九月に九十五歳で世を去っていたことを知った。

「いいえ、わたくし、そんな、おっしゃるほどのいい人間じゃありません」と舅の笠智衆に言い、「いやァ、そんなこたァない」と返されると、「いいえ、そうなんです。わたくしずるいんです。お父さまやお母さまが思っていらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません」と、激しい調子で、これまで言えないでいたことを口にする「紀子」の原節子がよみがえってきた。

 このシーンを脚本にするときの小津と野田高梧のやりとりを想像して、高橋治が『絢爛たる影絵』に書いている。

「野田さん、この女は要するにもう一人寝は出来なくなりかけてるんですよ。夜中にふと眼をさまして……」以下、かなり生々しい表現を連ねたうえで、高橋は「恐らく女の性がこれほど美しく映画で語られた例は稀だろう」と脚本家・・・