三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

誤審のスポーツ史 16

「科学の目」より流儀が優先
中村 計 (ノンフィクションライター)

2016年4月号

 初場所五日目。相撲では、ときおり見かける誤審騒動だった。
 全勝の隠岐の海と、三勝一敗の豊ノ島の取組は、立ち合いから完全に豊ノ島ペース。もろ差しで土俵際まで追い込み、あとは土俵の外に押し出すだけかと思われた瞬間、隠岐の海が右を巻き替えて、下手投げを打った。ふいを突かれた豊ノ島は前のめりに倒れ、同時に、バランスを崩していた隠岐の海の左足が土俵外に着いた。
 その様子を背後から凝視していた行司は豊ノ島の勝利を告げた。すかさず中継していたNHKのアナウンサーが「物言いはどうでしょうか……」と振り、解説の舞の海が「つきませんね」と受ける。土俵際の五人の審判員たちの心境を審判長の井筒親方が代弁する。
「粂川親方も目の前にいたし、誰も手を挙げなかったので、これでいいのかなと思いました。流れ的には豊ノ島が有利。テレビで見るのと、ライブで見るのとは違う。僕は豊ノ島が勝ったと思った」(日刊スポーツ)
 ところが、両者とも行司の軍配に気づいていなかった。勝者であるはずの豊ノ島は悔しそうにうなだれ、敗者であるはずの隠岐の海はそんきょをし、・・・