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連載

皇室の風96

ブリキのパンツ
岩井克己

2016年8月号

藤森昭一元宮内庁長官が六月二十五日に死去した。享年八十九。昭和天皇崩御を世界に告げた男である。追悼記事は朝日新聞と週刊朝日に書いた。ここでは個人的な「取材余話」を書きたい。
 昭和六十三年春。天皇の代替わりに備え、官房副長官が宮内庁に乗り込んで来るというので、どんな男かと政治部記者に尋ねた。返ってきた答えが「ブリキのパンツ」。口が堅く、ブリキのパンツをはいているみたいに難攻不落という意味だ。
 定例会見では冗談などほとんど出ない。鉄仮面のように無表情で、何を訊いても「あ~れじゃありませんか」と間をとって、無機質な官僚答弁に終始する。
 猛烈なメモ魔。いつも膨大な資料を巨大なドクターバッグで公邸にまで持ち帰る。長官室の執務机の後ろの壁はたちまちスチール製ファイルキャビネットで埋め尽くされた。時に部下には荷が重いとみると、敢然と自ら実行に出る。筆者がつけた綽名は「長官兼侍従長兼侍従兼事務官」だった。
 昭和元年に松本市郊外の農家に生まれ空襲下の学徒動員経験者。戦後、厚生官僚の道を選んだのは「新憲法を読んだ感激」だった。
 新憲法下初の天皇代・・・