三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

美の艶話9

窓辺に独り、待ち侘びて
齊藤 貴子 (上智大学大学院講師)

2016年9月号

 吹く風は生ぬるく肌に纏わりついても、暦の上ではもはや秋。しばらくすると、木々の葉も赤や黄色に少しずつ色づいて、やがて降るように、はらり、かさりと舞い落ちる。
 そんな落葉の季節に人恋しさを全身に滲ませて、来るはずもない男を窓辺で独り、待って待って待ち侘びる―。そのまま映画のワンシーンにでもなりそうな、ひどく孤独な女の恋を昔ながらの一枚の絵にすれば、このジョン・エヴァレット・ミレイの《マリアーナ》になるのだろう。
 というのも、物憂い風情で腰に手を当て、身体を伸ばす画中の女マリアーナは、文字通り報われぬ恋に身をやつしているという設定だ。事実、一八五一年のロイヤル・アカデミー展に本作を出展する際、作者ミレイが絵に添えた詩行にはこう書いてある。
「私の人生は寂しい」と、
「あの人は来ない」と彼女は云う。
そして「疲れたの、もう疲れたの」
「いっそ死んでしまえたら!」と。
 この四行は、十九世紀を代表する詩人アルフレッド・テニスンの作品「マリアーナ」(一八三〇年)からの抜粋で、同名のミレイの絵は、当然テニスンの詩に基づいて・・・