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連載

本に遇う 連載203

無知と忘却と欺瞞と
河谷史夫

2016年11月号

 無知は恥である。
 自覚がなければ、しかし恥じ入ることもないであろう。
 ニュートンが「私は海辺に遊ぶこどものようだ」と言ったという話が、頭をよぎることがある。
「つるつるした小石やかわいい貝殻を見つけては面白がっているだけだ。目の前には真理の大海が未発見のまま広がっているのに」
 知ったつもりで、実は何も知らないとは、年をふるにつれて身に沁みてくることである。科学の世界の真理は棚上げするとして、日々の暮らしの上の大事といい、歴史上の事実といい、われら凡俗もニュートンに似て、砂粒一掬いを掌に、ああだ、こうだと言っているに過ぎない。
「日本のなかの植民地朝鮮」という副題のついた伊藤智永著『忘却された支配』を読んで、たかだか百年以前からの出来事なのに、知らないことだらけだということを思い知った。さながら風が立ち、浪が騒ぐ歴史の限りない海原を前に、ただ腕を振るしかない人間の無力さを感じたことであった。
 著者は一九六二年生まれ。八六年毎日新聞に入り、政治部、ジュネーブ特派員等を経て編集委員。たまに見る署名記事の色合いが他とは少し違・・・