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連載

美の艶話22

磔刑のエロス
佐伯 順子

2017年10月号

 人が磔になり息絶える姿。通常、現実で好んで見る人は少ないであろう残酷な場面であるにもかかわらず、いや、だからこそというべきか、宗教美術では重要なモチーフとなっている。
 若き日の初めての欧州旅行で、ヨーロッパの美術館が殉教図にあふれていることを若き日に目にした際には、流血場面が苦手なこともあり、少なからぬ衝撃をうけたものであった。
 ベルリンで研修の際、ちょうど十年に一度のキリスト受難劇がドイツ南部のオーバーアマガウで上演され(二〇一〇年)、母とともに足を運んだ際にも、等身大で演じられる磔刑場面の迫力に、人間の残酷さをみせつけられた思いがした。
 しかし、若い頃に日本で観たミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』に、なぜかそれほどまでの衝撃を感じなかったのは、宗教劇と現代的ミュージカルの演出の相違が大きいといえよう。
 もちろん、宗教上の磔刑図は殉教の苦難を伝えるものであり、殉教者の裸体をさらすことが第一目的ではない。だが、キリスト教美術の歴史において、聖セバスチャンの殉教図は、男性同性愛者を中心に多大なエロス的関心をよんできた。十・・・