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連載

美の艶話23

蠱惑する背中
齊藤 貴子

2017年11月号

 鏡は時どき噓をつく。というより、一度として同じ回答を示してくれた例がない。
 一番美しいのは貴女様と、鏡に無理やり答えさせていた『白雪姫』の王妃よろしく、照明や何かの加減で勘違いめいた自信を持つこともないではない。が、長年女をやっていると、もう若くも美しくもない自分の姿に心底がっかりさせられることもしばしばだ。そうして鏡を見るたび一喜一憂する女の真実を、ほとんどの男はきっと知りもしないし、べつだん知りたくもないだろうが、できれば優しい気持ちで一つだけ覚えていてほしいことがある。
 恋人や誰か気になる男がいて、これから何かが具体的に始まる予感があるときほど、女が真剣に鏡に向き合うことはない。本当だ。とりわけ、このベラスケスの《鏡の前のヴィーナス》のように、しどけない姿で鏡の中の自分にしげしげと見入っている場合は、十中八九、とりとめもない自問自答の真っ最中。
 これからやって来るあの男に、どうしてこんなに惹かれているのか。これは情事かそれとも恋か。恋だとして、そんな夢を見られるほど自分はまだ魅力的か。身体の線は崩れてないか、肌はしっとりと滑らかだろうか&he・・・