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連載

美食文学逍遥13

真の食通が愛でる料理
福田育弘

2018年1月号

 フランスの家庭料理の定番は深い鍋で肉や野菜をじっくり煮込んだ煮込み料理である。
 フランスでは、柔らかい上質な肉はローストにし、筋があったり、堅かったりする肉はミジョテする。ミジョテとはコトコト煮込むことだ。安価な材料を手間暇をかけて美味しく食べることを第一とする家庭料理では、だからこそ煮込み料理が尊重される。
 そんな庶民の煮込み料理が脚光を浴びるようになるのは、美食文化が隆盛した二十世紀前半のことだ。当時を代表する美食評論家キュルノンスキーは『美食の歓び』に収められたエセー「庶民とスープ」で、次のように書いている。
「フランスの真の国民料理はポトフである。美味しいポトフを作るのはたやすいなどと思わないでいただきたい。これを作るには多くの手間と多くの愛情が必要となる。よい肉と野菜が高くつくようになったため、今では費用のかかる料理となってしまった」
 この著作が刊行された一九三〇年代、フランスは第一次世界大戦でドイツを破ったものの、国土が戦場になったため、物資が不足し、とくに農産物の価格が高騰していた。にもかかわらず、ポトフを賞賛するのはなぜか・・・