三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

経済

「プリウス暴走事故」はなぜ多い

トヨタも警察も解明しない「深い闇」

2017年12月号公開

 福岡市の原三信病院に「プリウス」のタクシーが突っ込んで十人が死傷した事故から、まもなく一年を迎える。報道では警察発表による「タクシー運転手によるアクセルとブレーキの踏み間違い」と結論づけられているが、プリウス自体の不具合が原因ではないかとの疑念は晴れるどころか、ますます深まっている。
 二〇一六年一月以降にプリウスとみられる暴走事故は少なくとも十二件報道されている。うち三分の一の四件はタクシーによる事故。トヨタ関係者は「環境に優しいプリウスを導入するタクシー会社が増えている。台数が増えれば事故件数も多くなるのは当然で、安全性とは関係ない。原三信病院事故でもEDR(イベント・データ・レコーダー)を解析した結果、警察はアクセルとブレーキの踏み間違いと断定した」と主張する。
 が、この事故で検察は容疑者の鑑定留置を実施したうえで起訴していることから、被告のタクシー運転手はEDRデータを提示されたにも拘わらず、踏み間違いを強く否定していたとみられる。「大きく報道されているものだけで、この一年間に三件ものタクシー暴走事故があった。原三信病院事故以降はプリウスを運転するタクシードライバーも注意していたはずで、そのすべてが運転ミスとは考えにくい。車両の不具合を疑うべきだ」と、自動車の安全対策に詳しい専門紙記者は指摘する。

業界関係者の信用はガタ落ち

 国土交通省の自動車リコール・不具合情報サイトによると、一七年一〜八月までの暴走トラブル報告はプリウスが十件。同期間の販売台数がプリウス(十一万三千七百二十台)に近い日産自動車の「ノート」(十万六千三百二十七台)が二件だから突出している。報告件数を販売台数で割ったトラブル報告率ではプリウスがノートの四・七倍と圧倒的に高い。
 同サイトに寄せられた暴走事故情報には「アクセル操作は一切していないのにも拘わらず、車の(EDR)データにアクセルペダルが踏まれている履歴が記録されていた」と、原三信病院事故と一致する具体的な証言もある。「急加速」や「ブレーキが効かない」との新たな報告も続々と寄せられている。
 さらに新たな問題も浮上している。十月二十日、東京・吉祥寺駅前で八十五歳の男性が運転するプリウスが突然暴走し、男女七人が負傷した。その場で現行犯逮捕されたドライバーは「アクセルとブレーキを踏み間違えたかもしれないが、よく覚えていない」と供述しているという。「高齢ドライバーの運転ミスはよくあること」では簡単に片付けられない事情が、この事故にはあった。事故を起こしたプリウスは自動ブレーキなどの衝突回避支援パッケージを装備した車種だったのだ。
「事故車に衝突回避支援パッケージがついていたとする報道はないし、この事実に気づくユーザーもほとんどいない」と胸をなでおろしているトヨタ系ディーラー幹部もいる。が、インターネット上では事故車の映像から安全装置搭載モデルであることが判明し、大きな話題になっている。トヨタ関係者は「他社も含めて衝突回避自動ブレーキを含む安全ブレーキは、必ずしも完璧ではないとユーザーに告知している」というが「告知済みだから責任はない」と受け取られかねない姿勢だ。
 トヨタは最近まで、衝突回避支援パッケージについては積極的にPRしてこなかった。衝突回避装置で先行するスバルなどでは、ディーラーが商談者に自動停止ブレーキの体験試乗を勧めている。一方、トヨタは「ディーラーに対して店頭などでの自動ブレーキ体験試乗をしないよう求めていた。衝突回避支援パッケージを体感試乗できる機会は、メーカー主導の大型イベントなどに限定していた」と業界関係者は明かす。
 その理由は試乗中の事故を恐れたことに加えて、「自動操作がスバル車などに比べて急作動する」(前出業界関係者)ため、体験試乗によって安全装置の技術を他社と比較されるのを嫌っていたとみられる。ところがそのトヨタが今年六月に、いきなり体験試乗に積極的になったという。販売店スタッフを対象にした説明会や、体験イベントの進行を担うインストラクターの認定制度を新設した。
 それでも「複数の自動車メーカーが共同開催する自動ブレーキの体験会では、トヨタが確保するスペースだけが異様に広い」(同前)などの不可解な点は残っている。関係者の間では「安全性を確保するための装置でここまで気をつかうとは、技術面での危惧を拭いきれていないのではないか」との声も上がっていた。そこに吉祥寺での事故である。トヨタの衝突回避支援パッケージへの信頼性は、少なくとも業界関係者の間ではガタ落ちという。

不具合を隠蔽する「弥縫策」

 問題はトヨタがあえて不得意な衝突回避支援パッケージを、なぜここに来て積極的にPRし始めたのかということだ。試乗で使われた衝突回避支援パッケージは主にプリウスなどに搭載する「Toyota Safety Sense P」だが、登場は一五年八月で二年前のシステム。いまだ公式のバージョンアップはされていないため、システム更新による機能向上が試乗解禁の理由ではない。
 八月に、その「答え」ともいえる発表があった。運転支援システム「Toyota Safety 
Sense」を搭載したプリウスは非搭載車と比較して追突事故が半減したというのだ。アクセルの踏み間違いや踏み過ぎによる衝突被害を軽減する「インテリジェントクリアランスソナー」を併用した場合は、非搭載車と比べて追突事故が九割も減少したという。
 しかし、この調査にも不可解な点がある。衝突回避支援パッケージ装備車種は多いにも拘わらず調査対象はプリウスのみで、調査期間も一六年十二月まで。一六年十二月といえば、原三信病院でプリウス暴走による死亡事故が起きた月だ。この事故を受け、トヨタが慌てて調査を始めたことが見て取れる。車の安全性に詳しい自動車ジャーナリストは「トヨタがプリウスの不具合を隠蔽するために、自動ブレーキなどの安全装備の搭載を推奨するという『力技』で暴走事故の発生を封じ込めようとしているのではないか」と指摘する。
 つまりプリウス暴走の原因と取り沙汰されるハイブリッドの電子制御にはメスを入れず、それによる暴走が発生したら衝突回避支援パッケージで食い止めようという「弥縫策」である。だが、それでは根本的な問題解決にならないばかりか、吉祥寺の暴走事故のように衝突回避支援パッケージが作動しないという「二重ミス」で事故を防ぎきれない可能性すらある。トヨタ自身、あるいは行政、大メディアが「プリウス暴走多発」の真相を解明する日は来るのだろうか。


掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版