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連載

美の艶話26

うつつなき女の恋心
佐伯 順子

2018年2月号

 はらはらとふりかかる花びら……かとみれば、画面のそこここに散っているのは紅葉の葉。しかし、『花がたみ』という画題と、女性が身にまとう衣の薄い緑と紅色、花籠いっぱいの花が、春かとみまごう画面の印象。
 違う季節が一度に訪れたかのような摩訶不思議でシュールな雰囲気は、女性の表情のうつつなき様と見事に調和している。
 その印象もどうり、この女性はまさに狂っているのだ。離ればなれになったいとしい人への思いゆえに。絵の主人公「照日の前」は越前の女性。当地にいた大迹部皇子と親しんだが、皇子が即位のため都にのぼるにあたり、この花籠と思いをつづった手紙を賜った。
 現代なら、恋人と地理的に離ればなれになっても、SNS等で遠距離恋愛も可能だが、古代にはそれもかなわない。思いがつのった照日の前はついに、花籠を手にして皇子あらため継体天皇を慕い、行幸の行列の前に進み出て思いを訴える。
 しかし、彼女の身の上話は信じてもらえず、大事にもっていた花筐を、無残にも従者にうちおとされる。
 帝愛用の思い出の品が地にまみれ、深く傷つきなが・・・