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連載

をんな千一夜 第11話

若松賤子 「会津の孤児」が説いた男女同権
石井 妙子

2018年2月号

 今年の大河ドラマは主人公が西郷隆盛だと聞くが、私などはむしろ、薩長に攻め込まれて塗炭の苦しみを味わった会津の人々の、とりわけ女性たちの生涯に心が傾く。戦闘に斃れ、自害して果てた人も少なくないが、生き残った会津女性には、新島八重、大山捨松、井深八重、瓜生岩子ら、教育や社会福祉の分野で献身的に働き、名を残した人が多い。
 若松賤子もそのひとりで教育者、作家、翻訳家、評論家として活動したが、とりわけ才を発揮したのは翻訳で、『小公子』の名訳でつとに知られる。女性翻訳者の始祖といっていい存在だ。
「若松賤子」というのは、彼女自身が考え出したペンネームで、「若松」は言うまでもなく、生まれ故郷の「会津若松」、「賤子」には「神に仕える賤女」の意味が込められている。この命名からもわかるように会津の侍魂と、キリスト教徒として生きようとする意志とが、彼女の中では矛盾なく、融合していたのだった。
 元治元(一八六四)年生まれ。父は会津藩士の松川勝次郎で甲子と名付けられた。この父は藩の隠密だったと言われ上方で活動していたという。そのため戊辰戦争が起こった時も傍らにはおらず、四歳の・・・