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社会・文化

流浪の名器「パガニーニ・セット」

日本音楽財団が次に貸すのは誰か

2018年3月号

 音楽にとって、楽器は唯一の必需品だ。だがときに、楽器は道具以上の価値を有してしまう。例えばヴァイオリンである。松や楓の板にニスを塗った五百グラムほどの工芸品だ。三百年以上前に北イタリアのクレモナに工房を持ち、総計六百挺の製品が現存する楽器職人アントニオ・ストラディヴァリの真作、所謂「ストラディヴァリウス」であれば、数千万から数億円の値が付くのも珍しくない。
 二〇一三年初夏、ニューヨークを拠点に国際的に活動していた東京クヮルテット(以下東京Q)が四十四年間の活動を終えた。世界中の音楽ファンには淋しいニュースだったが、いささか異なる視点でこの報に接した人々も少なからずいた。なにしろ東京Qが弾く楽器は、ヴァイオリンは一六八〇年作《ディセーント》と一七二七年作《サラブーエ》、ヴィオラは一七三一年作《パガニーニ》、チェロは一七三六年作《ラーデンブルク》。どれもが通称を与えられるほど素性明らかなストラディヴァリウスで、四挺揃いで「パガニーニ・セット」と呼ばれる極めて状態の良い名器だったのである。
 一九九四年に日本音楽財団がセットを一千五百万ドルで購入、世界を代表する日本出・・・