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連載

美の艶話 第30話

「偽マリア」の邪悪な誘惑
佐伯 順子

2018年6月号

映画『メトロポリス』(1926年)フリッツ・ラング

 胸もあらわに腰をくねらせ、男たちの視線をくぎづけにしながらステージで踊る女性。フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』は、二〇二六年の未来社会を描く一九二六年完成のドイツ映画。
 未来都市・メトロポリスは、地下都市で働く労働者と地上の支配階級に明確に分離した、貧富の差が激しい世界。頂点に君臨する支配者・フレーダーセンの息子・フレーダーは、その格差に矛盾を感じ、自ら労働者になりすまして地下にもぐりこむ。
 お坊ちゃまに厳しい肉体労働がつとまるわけもなく、フレーダーは早々に音をあげるが、彼を地下世界に導いた謎の女性マリアに心を奪われ、支配者と労働者との仲をとりもつことを決意。裕福な家の息子が自分の立場に疑問をもち、父親に反抗する展開は、現実にもありがちな設定である。
 日本でも「格差社会」という表現が出てきて久しいが、この映画はいわば、経済的強者と弱者の格差の問題を正面からとりあげており、かつ、原発事故や震災を予言するかのような終幕の水害の場面もあり、ラ・・・