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政治

安倍の威を借る「異形官僚」二人

権勢振るう新原浩朗と渋谷和久

2018年6月号公開

「第二次安倍政権スタートから五年半。総理官邸仕えが長くなった彼らはこの先、一体どうするのだろうね」
 歴代政権の経済政策を長年見続けてきた財界人は、安倍一強と言われる現政権の「これから」について思いを巡らせた。現宰相・安倍晋三は自民党の保守本流とは思想的に一線を画し、官邸・与党・霞が関の役割分担で成り立ってきた旧来の政策プロセスよりも独自の安倍官邸一強システムを重視。短期政権で終わるという周囲の冷ややかな予想を裏切り、長期安定政権を確立した。同時に、出身省庁で出世に行き詰まったものの、いわば総理直属スタッフとして力を握る異形官僚も生み出した。本稿ではその代表格と言える二人を紹介したい。

「経済政策は全部新原」

 最側近・今井尚哉総理秘書官の存在が目立つが、現政権で新原浩朗の名前を知らない人間はもぐりと言われるだろう。今井氏や菅義偉官房長官の指示の下、実際に政策を動かし、日程を逆算し、総理に「晴れ舞台」を用意する役割を担ってきた官邸官僚だ。経済産業省からの出向組で、現在は内閣府で政策統括官を務める。「一億総活躍や働き方改革、人生一〇〇年時代など経済政策は全部新原氏が手掛けている」(大手金融機関の政治担当)と言われるほどの活躍ぶりで、安倍総理も忠誠心厚い部下としてかわいがっている。
 安倍政権は「経産省政権」と言われるが、実は新原氏は同省でエース扱いされる存在ではなかった。東京大学経済学部を卒業後、一九八四年に通商産業省(現経産省)に入省。二〇一〇年に発足した菅直人政権で総理秘書官の一人として官邸入りするが、翌年一月に更迭され、一年上の貞森恵祐氏が後任に送り込まれる珍事を起こした曰く付きの人物でもある。当時を知る政治部記者は「菅総理は事務方を信頼せずボロ雑巾のように扱っていたので更迭された新原氏に同情論もあった」としつつも、理由は「広報担当なのにメディアとたびたび衝突していた新原氏の性格や能力にこそある」と指摘する。
 経産省の同僚たちも一様に「異能の人、もしくは奇人変人」と例える。官邸からの出戻り後、資源エネルギー庁の省エネルギー・新エネルギー部長として再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度創設を仕掛け、一躍有名になる。しかし一二年にスタートしたこの制度もまもなく焦げ付き物件に。エネルギー業界幹部は「太陽光発電の買い取り価格を当初高く設定したため、価格が下がらないうちに参入枠だけ押さえようとする駆け込み申請が急増。新規契約の中断や、悪質な業者の参入など社会問題化した」と振り返る。
 失政のほとぼりを冷ますため厚生労働省に匿われた新原氏はその後、内閣府に流れ着き、安倍政権で突如活躍の場を得た。「親元から放逐されて転々とする役人人生に陥った」(経産省職員)ことが、安倍総理にとって省益を排し、自分への忠誠心を優先する人物と映ったのは皮肉と言うべきか、幸運と言うべきか。煮え湯を飲まされることの多い財務省幹部は「官邸主導を推し進めたい総理や今井氏と、新原氏のスタイルが完全に一致した」と振り返る。
 一昨年来手掛けてきた働き方改革関連法案が今国会で成立する見通しとなり、次は消費税増税時の景気の落ち込みを防ぐ大型対策づくりに邁進している。新原氏は一人で抱え込むように仕事をするため「霞が関内で情報共有しないばかりか、親元からの出向者を冷遇するので経産省との関係が悪化した」(同省職員)や、「今井氏や新原氏の好きにはさせない」(幹部)と意気込む財務省など各省が、新原氏の一挙手一投足に注目する。
 この夏には経産省経済産業政策局長への抜擢がささやかれている。言わずと知れた、事務次官につながる名門ポストだ。

次官の夢叶わずリベンジ

 もう一人の異形官僚は、通商外交の新たなキーマンとして注目されている内閣官房TPP等政府対策本部の澁谷和久政策調整統括官だ。日米の新たな通商枠組みに関し、外務省も経産省も澁谷氏の動向に「官邸と直結し、省庁の枠組みを超えた通商組織を作って権勢を振るう気ではないか」(外交筋)と強い警戒心を抱く。
 一九八三年に東大法学部を卒業し、建設省(現国土交通省)に入省。大臣官房広報課長や総合政策局政策課長などを歴任した。専門は意外にも防災で、国交省ウオッチャーは「NPOなど在野の活動家とも手弁当でまめに付き合っていた」と当時を語る。巨体を揺すって歩く姿はユーモラスで趣味はエアロビクス。「エリート官僚に珍しい開けっぴろげな性格で、国会議員や記者の間にファンが多い。人たらしマスコミ操縦術は広報課長時代から知られていた」と経済記者は評する。
 しかし、国交省は事務次官ポストを合併前の旧建設事務、旧建設技術、旧運輸事務で分け合う上、旧建設事務は「若くして次官候補を絞り込み、各年次の次官候補たちだけで機密情報や組織防衛術をやりとりする密教的な組織」(国交省ウオッチャー)。同期に由木文彦総合政策局長という絶対エースの存在が澁谷氏の不幸だった。
 次官への夢が早々に潰え、行き場をなくした上昇志向は、官邸官僚として実績を上げる「リベンジ」に傾けられていく。二〇一二年に内閣府大臣官房審議官に「流転」すると、民間資金を活用した公共投資推進で辣腕を発揮。そこからTPP担当へと人生の活路が拓く。TPP交渉に関わり、国会議員への説明役、根回し役などをこなし、内閣府の自室では毎夜記者を集めてワイングラスを傾けファンを増やした。
 ただ、実権を握り始めた澁谷氏には「増長」という名の、悪い噂も増えていった。たけたマスコミ操縦術といわれた手腕は「メディアを選別し、都合の悪い報道には強いプレッシャーをかける」高圧的な役人との印象も与えた。国対への根回しでは「素人の澁谷氏が自分一人でやろうとしゃしゃり出てくるから混乱するばかりだ」と憤慨する国対関係者も。外務省経済局に澁谷氏の息子が入省したことを、あからさまに嫌がる外務官僚も少なくなかった。
 国交省を離れて以降、周囲には「ここで頑張れば親元に局長ポストで戻れる」と語っていた澁谷氏だが、TPPの漂流とともに一年、また一年と内閣官房暮らしが延びてしまった。同期の由木氏は国交省ナンバー2の国土交通審議官への昇格に手が届きつつある年次に。「自分に仕えた役人の処遇では、各省にあからさまな厚遇を求める」(国交省幹部)と言われる安倍総理だが、政権を支えてきた異形官僚たちはリベンジマッチの末にどこへ流れ着くのだろうか。


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