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連載

現代史の言霊 第4話

八月の戦車 1968年(チェコ事件)
伊熊 幹雄

2018年8月号

《良心のかけらもない出世主義者が権力を握る世》
ズデネク・ムリナーシ(チェコスロバキア共産党元幹部)

 ソ連の最初で最後の大統領、ミハイル・ゴルバチョフは、モスクワ大学法学部時代に、チェコ人留学生と親交を持った。ズデネク・ムリナーシは、ゴルバチョフ同様にハンサムで頭脳明晰。ともに、共産主義の理念を信奉していた。
 二人はある時、ソ連の農村についてのプロパガンダ映画を見た。スタブロポリ地方の農村出身だったゴルバチョフは、隣のムリナーシに、「本当の農村はあんな良いものではない」と小声で吐き捨てた。ムリナーシは、親友が本音を打ち明けたことを終生忘れなかった。
 ムリナーシ自身、ソ連(ロシア)の貧しさにショックを受けていた。共産主義の総本山モスクワでは、「水洗トイレどころか、戸があるトイレもまれ」の状態で、第二次世界大戦終結から五年以上経ても、大半の住民は軍支給の服が一張羅。食事は貧しかった。
 母国チェコスロバキアは、ハプスブルク帝国時代から工業先進地帯。一九五〇年代には、ロシアとの生活水準の差は・・・