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連載

美食文学逍遥 第24話

本来の味を楽しむ生活
福田 育弘

2018年12月号

「民子はそういう時の献立てを料理人と相談するのも楽しみの一つだった。その家の構造では客をする際の料理は洋食に自然なった。これは内輪にやるならば品数を多くするよりも、客が喜びそうなものを足りなくない程度に出すことが目標になって民子は前菜にその頃和製フォワ・グラが出来るようになったのを選んだ。これならば客に大匙とフォークで掬って取って貰える。それからスープは小海老を主に使ったフランス風のもの、そして魚はいつも民子が料理人と散々考えなければならない論議の種だった。これが洋食で舌比目魚か伊勢海老が御馳走ということになっているのは外国に他には碌な魚がないからであって日本のように魚が色々とあれば比目魚や海老が特別にどうということはないが、それが外国にはないからその洋風の料理法もない」
 この一節は、吉田健一が一九七三年に刊行した小説『本当のような話』の主人公、民子が、夫である伯爵の友人で、夫の死後いろいろと世話になっている弁護士の内田と、ある大使館の午餐会で知り合い、内田と同じビルに事務所を構える貿易商の中川を東京の自宅に招く、小説のフィナーレを飾る夕食会の献立を考える場面だ。
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