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連載

美の艶話 第36話

見失いたくない幸福の一瞬
齊藤 貴子

2018年12月号

デイヴィッド・ジョーンズ作《閉ざされた楽園》
テート・ブリテン美術館所蔵


 誰に教えられたわけでもないけれど、キスをする時は目を閉じる。自然の流れで何となくそうなる時はもちろん、掛け値なしの好意をもって、自分から相手の頬のあたりに軽くチュッとする時も、何かを見ているということはまずなくて、大抵目をつぶっている。
 これはいわゆる習い性で、なぜそうするのか、行動心理学上の正答など皆目見当もつかない。が、キスしている間くらいは何も見たくないし、考えたくもないというのが、きっと無意識下の本音ではあるのだろう。
 だって、唇の表皮は他のどこより薄くデリケート。しかも上半身に話を限れば、一番熱くて柔らかな、むき出しの器官でもある。愛しい人のそんな大切な場所を、恐らくはただ感じて味わっていたいだけ。唇を重ねるその一瞬だけは一切を振り切り、愛おしさに身を委ねたいから瞳を閉じる。要は目の前の相手に没頭したくて、外界を遮断するのである。
 そういう主義の人間にとって、この《閉ざされた楽園》という作品は、いつ見・・・