三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

本に遇う 第229話

古今亭志ん朝の御慶
河谷 史夫

2019年1月号

 何がアベノミクスだ、何が「いざなき」超えだ。潤ったのはカルロス・ゴーンとゴーンもどきの亜流経営者くらいで、歳晩の巷はどこも冬枯れの景色に見えた。
 正月である。すこしは景気のいい話をしなければならない。
 宝くじの話はどうだろう。買わないと当たらない。年末ジャンボは行列が嫌で買ってない。落語ではよく貧乏人が当たる。自分は大金持ちと大ぼらを吹いた田舎っぺが、なけなしの一分で買わされた富くじで千両当てる「宿屋の富」とか、酒でしくじったタイコ持ちの久蔵が当たり札を火事で焼けた長屋に置き忘れていたと騒ぐ「富久」とかあるが、年頭は「御慶」がいい。これを志ん朝で聴く。
「ちょいとお前さん、どうすんだよォ? ええ! 二十八日だよ、きょうは」。八五郎は、女房の一張羅、母親の形見の半纏を無理に脱がせて質屋に入れ、一分二朱ばかりこしらえて湯島天神の札場へ飛んで行く。夢見がよかったのだ。鶴が梯子に止まっていた。「鶴は千年てエだろ? なア? だからまず鶴の千っ、と書くよ。ねえ?  梯子だァ。『は・し・ご』と。なあ。鶴のは・し・ご、いいかい? 八百四十五番、鶴の八百四十・・・