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連載

現代史の言霊 第14話

六月の民意  1989年(ポーランド「自由」選挙)
伊熊 幹雄

2019年6月号

一九八九年
《我らの大統領のように見えたが、実は彼らの大統領だった》

ヤロスワフ・カチンスキ(元ポーランド首相)


 三十年前の一九八九年は、ベルリンの壁が崩れ、東欧共産圏が崩壊した、大転換の年だ。そんな時に、新米記者として東欧に舞い降りた筆者は、どの東欧諸語も全く分からず途方に暮れていた。
 だが、遠からず各国語で覚えた言葉があった。ポーランド人も、チェコ人も、ハンガリー人も、「彼ら」という言葉を多用したからだ。「彼ら」とは、共産主義体制の支配者たちのこと。「我ら」とは、権力と無縁な、自分たち一般市民だ。政治・社会に自由がないこと、生活物資に乏しいことなど、諸悪の根源は「彼ら」にあった。
 八九年二月六日。ポーランドで「彼ら」と「我ら」が、円卓を囲んで政治経済の諸問題を話し合う、仰天のイベントが始まった。
 四角いテーブルではなく、円卓を選んだのは、上下や対立関係がないことを強調するもので、権力者側の統一労働者党(共産党)が、レフ・ワレサ率いる独立自主管理労働組合「連帯・・・