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連載

美の艶話 第45話

ひどく通俗的な情事
齊藤 貴子

2019年9月号

戸締り用心、火の用心。何事も用心するに越したことはない。
 ただ、恋の場面であんまり用心深く振る舞われると、少々鼻白む。久しぶりに部屋に招き入れた瞬間、破顔一笑どころか「会いたかった」の一言もなく、ひたすら気難しい顔をして真っ先にドアに鍵をかけられたりすれば、白けるのを通り越してなんだか悲しくなるというもの。
 万が一にも、「現場」に踏み込まれるようなことがあってはならないという用心はわかる。あるいは照れや緊張があるのかもしれない、とも思う。けれど、これ見よがしに最初にガチャリと鍵をかけるという行為が、これからとても他人様に見せられない姿態が繰り広げられることの、どこかあからさまな合図になっていることに、世の多くの男性はたぶん無自覚なままだ。身についたその用心深さがかえって仇となり、自分たちの関係を巷によくある単なる情事として、つまりはひどく乾ききった俗っぽいものとして見せつける羽目になっているとは、思いもよらない。ましてや、そのことで目の前の女が少しばかり傷つくなどとは、想像だにしない。
 だが、事実そうなのだ。いくら割り切っていても、ひどく通俗的な関係・・・