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連載

西風460

「明石の奇跡」と名物市長

2019年9月号公開


 今夏の甲子園は、大阪府代表の履正社が初優勝をもぎ取り、幕を閉じた。甲子園の地元である兵庫県代表、明石商業も春夏連続でベスト4に進出し大会を盛り上げた。私学ばかりの最近の甲子園で、市立高校である同校が奮闘する姿は話題を呼び、地元の明石市も沸いた。その明石市は近年、住みやすい町として知られている。
 総務省は七月に住民基本台帳に基づく今年元日時点の人口を発表した。都道府県別で人口が増加したのは、東京都、埼玉、千葉、神奈川県の関東四都県と沖縄県のわずか五つだけ。他の四十二道府県は人口が減ったのだが、中でも衝撃を与えたのが兵庫県の減少数で、前年比で二万三千三百三十六人減り、全国ワースト二位だった。
 関西圏で兵庫県は、「経済的に豊かで、住み良い地域」という印象があったが、そのイメージも揺らぐ。なにより中心都市の神戸市で全国ワーストの、六千二百三十五人も人口を減らしたことが県民にとって二重のショックだった。
 しかしその兵庫県で、人口が増加しているのが明石市なのだ。同市の人口は、二〇一二年の二十九万六百七十七人を底に年々増加し、昨年は二十九万七千九百二十人と三十万人台も見えてきた。しかも社会増だけでなく、出生数も増加傾向にある。同市の出生数は過去四年間で、二千六百五十二人から二千八百十九人になっている。
 明石といえば、タコと子午線の町、明石海峡大橋くらいしかイメージがない。神戸市のお隣ということもあり、これまでは印象の薄い町だった。その明石を変えた立役者として良くも悪くも評判なのが、泉房穂市長である。
 泉市長は今年二月に全国ニュースで悪評を振りまいた。市内の道路拡張工事の立ち退きに絡み、部下に対して「(家を)燃やしてこい」と叫び、パワハラ市長として一躍有名人になったのだ。泉氏はその後辞任したものの、三月の出直し市長選に出馬して再当選した。この明石市民の判断に「あのひどいパワハラ発言を許すのか」と多くの人が呆れた。しかも泉氏は七〇%もの得票率で完勝しているのだ。
 実際には、明石市民はあの発言を是としたのではなく、これまでの実績から泉氏を選んだに過ぎない。泉市長は一一年に初当選して以降、道路、上下水道などのインフラ投資を削り、子育て中心の施策に資金を集中させた。保育料を第二子から無料化したほか、全小学校区に子ども食堂をつくり、大学生のボランティアによる小中学生に対する学習支援を実施。また、保育士の給与を大幅にアップ、優秀な人材を確保した。さらに離婚後の養育支援も手厚くし、ひとり親世帯の転出も防いだ。その結果、子育て世代が数多く流入。第二子、第三子の出生も促した。結果、前述した通り泉市長誕生の二年後から人口が増加に転じたのだ。
 もちろん、JRを使って大阪まで四十分弱という立地の恩恵は受けている。とはいえ人口減少対策といえば、産業振興、企業誘致という凝り固まった他の自治体からすれば、明石市の取り組みは新鮮で、最近では視察も多い。また、地元関係者は「当初はインフラ予算の削減に大反対していた土木・建築業者も住宅地の造成や建築が大幅に増えて、現在ではもろ手を挙げて応援している」と話す。明石の奇跡は、人口減少にあえぐ多くの自治体に光明を与える。
 


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