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社会・文化

大阪万博「カネ集め」の四苦八苦

経産省と財界は早くもお手上げ

2019年9月号公開


「万一失敗したときは、私は現地で切腹するつもりでした。もちろん、部下たちは打ち首です」
 昨年十一月、パリの博覧会国際事務局(BIE)総会で、二〇二五年国際博覧会の大阪誘致に成功した経済産業相の世耕弘成は、凱旋後、折に触れてこんなジョークを飛ばしていた。しかし、経産省幹部は誰も笑わない。世耕という功名心の強い大臣を戴いて、大阪万博に経済界の支持を取り付けられなければ、本当に役人生命を失いかねないからだ。
 大阪府と大阪市、というより「大阪維新の会」が推進する大阪万博は、首相・安倍晋三の肝煎りプロジェクトでもある。憲法改正を悲願とする安倍にとって改憲勢力の維新は友党であり、万博支援は経産省に課された最優先のミッションだ。安倍側近を気取る世耕が奮い立つのは当然といえ、実際、経産省人脈が総動員されている。
 一月、経団連会長の中西宏明(日立製作所会長)をトップに二五年日本国際博覧会協会が発足、その事務総長に石毛博行(元経産審議官)が就いた。副事務総長には“前線司令官”である近畿経産局長の森清が横滑りし、森の後任には特許庁総務部長の米村猛が抜擢された。米村は維新の「大阪都」構想に融和的だった元総務相・高市早苗の経産副大臣時代の秘書官だ。OBもパナソニック執行役員の岩井良行(元特許庁長官)、伊藤忠商事専務理事の深野弘行(同)が万博担当を務めている。しかし……。

燻る「維新」への関電の遺恨

「松本さんが気張ってくれはるのは有り難いけど、とりまとめは難儀やで。あの人、事務方の言うことは聞かへんし……」
 関西財界の実力者がこう語る松本さんとは、言うまでもなく、関西経済連合会会長の松本正義(住友電気工業会長)。万博協会副会長でもある松本が六月、約八十社の関西企業に提示した万博寄付金の奉加帳が波紋を呼んでいる。
 住電二十億円、関西電力十五億円、大阪ガス十億円、近鉄グループホールディングス十億円……。大口寄付はいずれも有力企業だが、中堅企業は出し渋るところもあり、今のところ、振り込んだのは会場建設で潤う在阪ゼネコンのみという。その会場建設費一千二百五十億円は国、大阪府市、経済界が三分の一ずつ負担することになっている。経済界の負担額は約四百億円だ。
 このうち、百億円は松本の号令で早々に大阪発祥の住友グループ(白水会)の寄付が決まり、さらに二百億円は奉加帳を回した関西企業が担うということだ。では、残り百億円をどうするか―。そのために松本が万博協会会長に招いたのが中西だが、折悪しく経団連会長は今、闘病の身。集金は事務総長の石毛の仕事になる。
「通商畑が長く、JETRO(日本貿易振興機構)理事長を務めた石毛さんは、参加国集めには適任だが、カネ集めはどうか」
 周囲からは不安の声が上がる。結局、電気事業連合会、日本ガス協会、日本鉄鋼連盟、日本自動車工業会などの業界団体に奉加帳が回ることになるが、関電、大ガス、神戸製鋼所などの関西企業、また白水会加盟企業は“二重取り”されるわけだ。それでも、経済界は約四百億円を拠出するだろうが、実はこれだけでは済まない。
 会場建設費一千二百五十億円はあくまで土木工事とインフラ整備の費用であり、パビリオン建設とコンテンツ制作は参加者の負担なのだ。一九七〇年の大阪万博では電力館、ガスパビリオン、鉄鋼館、住友童話館など、業界団体や企業グループの箱物がずらりと並んだ。それを再現するには二千億円超の資金が必要という。企業によっては“三重取り”の負担だ。
「今どき、パビリオンを建てる意味があるのか」
 すでにパナソニックからは反発の声が上がっている。ソサエティー5・0、SDGsを掲げ、デジタル技術による持続可能な社会をテーマとする今回の万博に、箱物はそぐわないということだ。これに苦り切っているのが経産官僚。万博協会は年内にBIEへ提出する開催の総合計画を練り始めたところであり、「出鼻を挫かれた」と怨嗟が募る。パナソニックに天下っている岩井の立場は微妙だ。
 顕在化するのはプロジェクトの中核企業の不在である。二〇〇五年の愛知万博ではトヨタ自動車が集金をはじめ参加企業との渉外を取り仕切った。今回、その役目を担うべきは関電だが、テロ対策工事の遅延で来年夏以降、再び原発が止まる関電にそんな余裕はない。いや、関電は前会長の森詳介(現相談役)が関経連会長を務めていた頃から、大阪万博には含むところがあるのだ。電力関係者が囁く。
「維新に対する遺恨はまだ燻っているに違いない」
 東日本大震災後、原発が全基停止し赤字が続いた関電は、筆頭株主である大阪市の当時の市長・橋下徹に経営責任を散々追及され、脱原発を迫られた。その維新創業者の橋下が誘致を表明したのが大阪万博である。今、あえて汗馬の労を取る気はないだろう。

松本「私財投入」発言にドン引き

 翻って孤軍奮闘の松本のもうひとつの悩みは、二千八百万人と見込まれる来場者だ。大阪湾の会場「夢洲」へは大阪メトロ中央線が延伸されるが、それだけではアクセス手段は足りない。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ向かう足のJR桜島線の延伸も検討されてはいる。が、JR西日本の態度は「期間半年の万博のための延伸は課題がある」と煮え切らない。
 そこで焦点となるのが、維新が万博と表裏一体で推進する統合型リゾート(IR)事業の誘致である。しかし、IRに関しては首相官邸も維新と一枚岩ではない。官房長官・菅義偉の地元である横浜市が名乗りを上げると、機を見るに敏なIR事業者は大阪府市から離れ始めた。二四年の一部開業も九千三百億円の事業資金も、今や計画は画餅に近く、それは大阪万博の総合計画にも影響するのだ。
 窮した松本は最近、「私財を投じてでも大阪IRを実現させよう」と呼び掛けているという。一橋大学出身の松本は母校の後援団体「如水会」の理事長を務めていた一四年、一口百万円の寄付を募り、如水会の創立百周年事業の資金を賄ったことがある。その成功体験に裏打ちされた呼び掛けだが、前出の関西財界の実力者は言い放った。
「母校の後援のためなら百万出しても、カジノのためにカネ出すか。しかも、百万では済まへん。みなドン引きや」
 しかし現在、如水会理事長は東京ガス相談役の岡本毅。会長不在の経団連でも筆頭副会長は岡本であり、中西に代わって国家的行事に尽力すべきという声もある。すると、同社関係者は豆鉄砲を食らったように仰天の声を上げた。
「どうして大阪万博のためにひと肌脱がなきゃならないの。ウチは東京ガスですよ」
 これから奏でられる万博「狂躁曲」―。経産相・世耕の功名心は成就しそうもない。(敬称略)
 


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