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政治

名ばかりの「天下り根絶」

大物総務官僚のあざとい再就職事情

2011年7月号公開

 見事な天下りぶりである。あるいは隠し通せるとでも思ったのか―。
 わが国の情報通信政策を歪めた「A級戦犯」と呼ばれる総務省の前次官と前総務審議官がそろって、同省とかかわりの深い民間企業に天下りしていることが本誌の調べでわかった。天下り禁止をマニフェストに掲げる民主党政権をあざ笑うかのような無頼横行ぶりだ。民主党の官僚グリップの弱さがこれでさらに露呈しよう。
 昨年七月二十二日に退官した寺崎明・前総務審議官が野村総合研究所の理事に就任している。就任の時期は定かでないが、退官から一年に満たないスピード天下りだ。
「国民と共にある企業であれば(天下りが良いか悪いか)独自に判断するのではないか」。枝野幸男官房長官は四月十八日の記者会見で、経済産業省に対し電力会社に再就職する天下りの自粛を求めた政府方針を再度強調した。
 民主党マニフェストには「天下り、渡りの斡旋を全面的に禁止する」(第五策)、「税金のムダづかいと天下りを根絶します」(五つの約束)と明記されている。震災や原発問題で大きな失点を積み増している菅直人政権にとって、天下り根絶は、クリーンさを主張する最後の砦でもあったはずだ。

天下りに節度のない総務省

 民主党関係者は「寺崎氏が天下った野村総研は単なるシンクタンクではない。総務省が打ち出した数々の政策のブレーンであり、総務省から同社への各種調査の発注額は年間で相当な額になるはず」と話す。
 総務省(旧郵政省)はもともと天下りには節度がない。五十嵐三津雄(九八年郵政事務次官退官→〇一年KDDI副社長、〇三年会長)、金澤薫(〇三年総務事務次官退官→〇七年NTT副社長)、天野定功(〇二年総務審議官退官→〇五年KDDI副社長)、有冨寛一郎(〇七年総務審議官退官→一〇年KDDI副会長)といった具合に、その「緩さ」は今に始まったことではない。
 だが、「自民党政権時代の天下りには節操はなくとも節度はあった」と同関係者はため息をつく。たしかにこれらの天下りは退官からすぐに民間に就職したわけではなく、「簡易保険福祉事業団」「郵政互助会」などといったわけのわからない財団法人で数年間「蟄居」している。俗にいう「二年の喪」が明けなければ、堂々と民間への再就職など憚られた時代だった。
「政権交代のドタバタを利用してのことか、寺崎氏は二年の喪を待たずに総務省の『外注企業』に堂々と収まった」(同民主党関係者)わけだ。
 寺崎氏とは何者か。
 同関係者によると、郵政・総務省時代の行政手腕も?マークだらけだという。九四年に電波部移動通信課長となった寺崎氏は国内の携帯電話規格として、日本独自仕様の「PDC方式」を採用させた。この独自規格のため、携帯電話は国内では発展したが、海外に進出できない「ガラパゴス」状態になる。同じく日本独自の「PHS」も同氏が推進した規格で、その後ウィルコムが破綻したことでこの通信規格も青息吐息となっている。
 もう一人の戦犯は、鈴木康雄前総務次官。彼についてはもはや解説は不要だろう。「自民党時代的な官僚の典型」として、昨年一月に民主党の原口一博前総務相から異例の更迭処分を受け、「民主党政権最初の官僚粛清」と報じられた。
 同氏も退官から二年を待たずに損害保険大手損保ジャパンの顧問に就任していたことがわかった。こちらもやはり「喪破り」の民間企業への天下りだ。
 〇九年に次官に就任した鈴木氏は「自治官僚の存在自体が、地方自治に反する」と主張し、「総務省のもう一方の前身である自治省派と真っ向から喧嘩した」(総務省筋)。〇八年末には、民主党のばら撒き政策の一環である「子ども手当」の原資調達をめぐり、地方自治体も負担すべきと主張。松沢成文前神奈川県知事ら地方自治体首長の反発を招いた責任から、原口前総務相が更迭したと言われている。
 そもそも「監督企業であるNTTとの癒着でも有名」(同民主党関係者)だ。鈴木氏は通信業界を監督する電気通信事業部長時代の〇一年、職務上利害関係のあるNTTコミュニケーションズからタクシーチケットを受け取り飲食の饗応も受けていた。この不祥事は国会で追及され、後に懲戒・戒告処分まで受けている。

背景には省内の暗闘も


 総務省は旧自治省、旧総務庁、旧郵政省の寄り合い所帯だが、昨今の旧郵政組の地位低下は甚だしい。今国会で内閣人事局改革の新法案が提出され、今後「内閣人事庁」が発足する見通しだが、そこでは長官のほか次官級ポストも与えられるといい、「旧総務庁組は喜んで総務省から離脱する」(内閣官房筋)と見られている。
 そうした中で、総務省を舞台にした暗闘は旧自治、旧郵政に絞られてきた。だが旧郵政の旗色は悪く、自治省出身の片山善博が総務相に就き、同じく自治省出身で片山大臣の同期でもある岡本保事務次官が省内を仕切る中、旧郵政省組には「予算権限も次官ポストもない単なる規制官庁に格下げされる危機感はつねにある」(同総務省関係者)という。保身術に長けた官僚諸氏のこと、省内での主導権争いの旗色が悪いと見るや一転、親密な民間企業へすり寄り、その懐へ食い込むのも何ら不思議はない。
 折しも、民主党政権が打ち出した国家公務員給与の一割削減は、総務省のみならず、霞が関の天下り志向に一層の拍車をかけることも予想される。大物総務官僚の派手な天下りさえ易々と見過ごす政治のお粗末さをみれば、民主党が掲げる「天下り根絶」などもはや誰も信じまい。
 六月三日未明、警視庁大崎署は総務省情報通信政策課の本間祐一・国際戦略企画官を現行犯逮捕した。容疑は東京都迷惑防止条例違反、要するに痴漢行為である。
 本間氏は将来を嘱望されたエリート総務官僚だ。「入省後三カ月の研修を経てアメリカのペンシルヴァニア大学法律大学院に留学し修士号取得後、電気通信局電気通信事業部事業政策課に配属、NTTの監督を担当していました。(中略)二十一世紀の郵政行政の舵取りに共に邁進していける人たちと出会えることを楽しみにしております」。彼が後輩に向けて同省ホームページに載せた文である。
 夢と希望に満ちていた彼を間違えさせたものはなんだったのか。「次官級の天下りは年収相場が二千五百万円プラスマイナス一〇%」(同民主党関係者)という。就職難の若者が街に溢れる中で、のうのうと民間に天下って禄を食もうという、幹部やその組織に問題の根源がないといえるだろうか。これも拙い民主党政権の重大な失点に数えられよう。


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