三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

現代史の言霊 第19話

十一月の崩壊 1989年(ベルリンの壁崩壊)
伊熊 幹雄

2019年11月号

一九八九年
《ドイツはヨーロッパで不信感を抱かれてはならない》

ヘルムート・コール(元西独首相)

 ベルリンの壁が崩壊した一九八九年十一月九日。この夜、西独のヘルムート・コール首相はポーランドの首都ワルシャワにいた。
 東独政府報道官による、「旅行の自由」を認めたともとれる発言をきっかけに、国境検問所前に東独市民が集まり、やがて検問所を通った。
 晩さん会で次々とメモがくる。コールは「ここにいてはだめだ」と焦った。食事が終わり、西独の首都ボンにいる側近に電話すると、「壁が崩壊しています」という答えが返ってきた。西独は東独情勢を全く読み誤った。首相のポーランド訪問は五日に及ぶ長大な計画で、九日はその初日だった。
 中断する以外にない。コールは翌日、ポーランド側に「一時中断」の意図を告げた。そして米軍機の支援を受けて、ハンブルク経由で西ベルリンに入った。苦労してたどりついたのに、集会では激しいヤジを浴びた。西ベルリンは左派の牙城で、保守「キリスト教民主同盟(CDU)」の党首であるコール・・・