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連載

皇室の風 第139話

人の子は祖名絶たず
岩井 克己

2020年3月号

「和気系図」(国宝)は、讃岐の小豪族因支首(のち和気姓を賜った)の系譜記録で、現存する最古の竪系図だ。一族出身の高僧円珍(智証大師)が九世紀初め頃に自ら作成したとされる。
 因支首一族の娘が景行天皇の息子武国凝別皇子の父系子孫・忍尾別君と結婚し、生まれた息子たちが母の姓を名乗ったとも読める。
 女性史家高群逸枝は大化前の母系社会の影をみた。
 しかし、清水昭俊ら多くの史家の見方は、一族の娘を結節点に因支首が自らの父系系譜を皇族の父系系譜につなげることで、一族が皇族を始祖にもつことを主張する「系譜の操作」ではないかというものだ。「一代限りの母系」「準父系」とも呼ぶべきで、往時の父系社会の強固さを反映する、と。
 これに対して異を唱えたのは古代史家義江明子だ。主要な古系譜
や系図、古事記の系譜叙述などの型式を三類型に分類・分析。系譜やオヤ・コ関係についての往古の人々の観念は時代とともに変化しており、単純には父系血縁が一貫していたとは言い切れず、和気系図も必ずしも「系譜の操作」とまでは言えないとの見方を展開した。
 和気系図には円珍・・・