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連載

現代史の言霊  第28話

八月の侵攻 -イラクのクウェート占領(一九九〇年)-
伊熊 幹雄

2020年8月号

《ふらふらしている時ではありません》
マーガレット・サッチャー
(英首相)

 八月の中東は暑い。炎天下の砂漠は五十度以上。戦車に乗って越境するなど、想像外である。
 三十年前の一九九〇年八月二日。
 当時のジョージ・ブッシュ米大統領(父)も、マーガレット・サッチャー英首相も、その瞬間が来るまで同じように考えていた。首相は、夏の保養地である米コロラド州アスペンで、大統領と国際会議に臨むところだった。中東のクウェートとは九時間の時差がある。
 アスペン時間で八月一日の夜、サッチャー首相は秘書官から、イラク軍がクウェートに侵攻したことを知らされた。ブッシュ大統領はまだ到着していなかった。
 首相は翌朝、「ひとりで少し山を歩いて考えた」という。イラク軍の主力は越境から六時間ほどで、クウェートを占領下に置いていた。イラクのサダム・フセイン大統領は絶対に止めなければならない。
 しかし、どうやって?
 自国が最大限のことをしなければ、他国に何をいっても無意味だ。こ・・・