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経済

伊藤忠「トップ商社」への執念と憂鬱

ファミマ「TOB成功」の裏事情

2020年9月号

 六月十五日、伊藤忠商事の特別顧問が一人、静かに息を引き取った。本社のエレベーターの中で倒れ、直ちに病院へ運ばれたものの、意識は戻らず、夕刻、不帰の客となった。死因は心筋梗塞という。まだ五十九歳の壮年だった。
 故人は、経済産業省の元製造産業局長・井上宏司―。昨年七月の退官後、伊藤忠へ天下り、社長の鈴木善久の補佐役を務めていた。直近は伊藤忠が同省から請け負った政府支給の布マスク(アベノマスク)の交渉を担っていたが、調達した中国製品にカビが生えていることが発覚、激怒する首相官邸の対応に心労が募っていたらしい。同省幹部は慍色をみせる。
「よく省内で見かけたよ。真面目な人で、もともとストレスに強い方ではなかったが、アベノマスクで命を落としたようなもんだ」
 葬儀は経産省の差配で行われ、新型コロナウイルス蔓延の中、弔問客は多くはなかったという。おそらく伊藤忠社内ではほとんど話題にならなかっただろう。なぜなら、井上の不幸の前後、社内は勇躍していたからだ。
 六月二日、伊藤忠は時価総額で三菱商事を追い抜き、同二十二日には株価も初めて逆転した。会長兼CEOの岡・・・