三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

大往生考 第11話

「突然死」をどう受け止めるか
佐野 海那斗

2020年11月号

「低血圧の高齢者がいたら気をつけろ」
 若い医師には常日頃から、こう指導している。それは、忘れられない苦い経験があるからだ。
 今から約三十年前の十一月。当時、私は首都圏の救急病院で、駆け出しの内科医として初診外来を担当していた。患者は八十歳代の男性だった。微熱と倦怠感があって外来にやってきた。風邪が流行りだした頃で、受診する患者のほとんどが風邪だった。この患者も典型的な風邪の症状だった。私は葛根湯とアセトアミノフェン(解熱鎮痛薬)を処方して帰宅してもらった。
 事態が急変したのは、その日の夜八時頃だった。患者は心肺停止状態で、救急車で運ばれてきた。当直医は院内電話で、まだ病院に残っていた私を呼んでくれた。当直医と私は、心臓マッサージと人工呼吸を行い、蘇生を試みた。一時間ほど続けたが反応せず、当直医の判断で死亡を宣告した。付き添ってきた妻、急変を知って駆けつけた娘は泣き崩れた。
 私は怖くなった。重大な疾患を見落としたのが明白だからだ。医療訴訟という言葉が、頭をよぎった。
 患者が亡くなれば、医師はその理由を家族に説明しなければならない・・・