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連載

大往生考 第15話

たとえ延命措置を希望せずとも
佐野 海那斗

2021年3月号

 映画『痛くない死に方』を観た。在宅医療専門医の長尾和宏医師の原作を、高橋伴明監督が映画化。柄本佑演じる若手在宅医が失敗を経験しながら成長する物語だ。
 この映画を観て、身につまされる思いだった。筆者も全く同じような失敗をしたことがあるからだ。原作者の長尾医師も同じだろう。多くの医師が一度は経験する失敗かもしれない。
 内科医として都内の病院に勤務していた筆者がその患者と出会ったのは、今から約二十年前のことだ。患者は六十代の男性だった。元公務員で関連団体に再就職していた。二人の息子は独立し、妻と二人で暮らしていた。
 患者にがんが見つかったのは、出会う三年前のこと。毎年受診している人間ドックで肺の異常陰影を指摘され、生検の結果、肺腺がんと診断された。病変は二センチと小さく、遠隔転移はなかったものの、肺門リンパ節に転移があり、ステージ2Aと診断された。
 この病期の肺がんの標準治療は、肺葉切除とリンパ節郭清で、術後には抗がん剤が投与される。患者は、人間ドックを受けた病院で治療を受けた。
 治療経過は順調だった。ただ、ステージ2Aの肺腺がん・・・