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連載

皇室の風 152

「お弁当さまのお通りです」
岩井 克己

2021年4月号

 昭和天皇の生物学研究の動静記録が手元にある。A3の大判紙にびっしり細かい字で書かれ、厚さ数センチにもなる分厚いものだ。
 戦艦「金剛」を御召艦に訪れた台湾。「長門」で訪れた樺太。欧州訪問の途次に「香取」で上陸した沖縄。田辺湾に投錨した「長門」艦上や神島の鎮守の森で南方熊楠から受けた粘菌のご進講。戦後の皇居、那須、葉山、須崎御用邸での植物や海洋生物の観察・標本採集……。
 苦労して入手したコピーだが、生物学者として積み重ねた足跡に圧倒され、手に余って、筐底に眠らせたままだ。
 惨憺たる敗戦で終わった「大元帥」役を解かれ、想像を絶する悔恨と傷を負って戦後を生きた長命の秘訣は、海や山の自然の中で勤しんだ生き物たちとの対話だったのではなかろうか。野外観察、標本採集、記録つけから、まるで漁師のようにドレナージした海洋生物の選り分け作業……。仕えた側近たちもさぞや苦労したのではないか―。
 霞が関の官庁から「オク」の侍従を数年間務めて宮内庁に居残り「オモテ」の部課長も歴任したあるキャリア官僚に「公務員・・・