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連載

大往生考 第18話

女子中学生の小さな恋
佐野 海那斗

2021年6月号

 毎年六月になると思い出す患者がいる。私が三十代前半に担当した女子中学生だ。十二歳のとき、肉腫(サルコーマ)と診断された。診断時に遠隔転移があり、手術はできず、抗がん剤治療を受けることとなった。私が勤務していた病院に紹介されてきた。
 彼女の肉腫はユーイング肉腫とされる特殊な悪性腫瘍で、転移例の予後は極めて不良だ。家族も彼女もそれを認識していた。
 彼女は明るかった。人懐こく、医療スタッフからも好かれた。病室はいつも面会の家族やスタッフとのおしゃべりと笑い声が絶えなかった。私も回診するのを楽しみにしていた。
「今日のお昼は、大好きなカレーなのに、検査が入って食待ちだから冷めちゃう。今度は私の嫌いなご飯の時に検査を入れてね」 
「じゃあ、次の検査は嫌いなピーマンの日にしよう」
「躁的防御」という言葉がある。明るくふるまって悲しみから逃れること。今となっては、彼女の態度はそれとわかるが、駆け出しの私はそこまで考えなかった。
 抗がん剤治療のための入院で一年間中学を休学したが、復学し、外来で経過を観察した。
「念願の合唱部・・・

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