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連載

西風 484

「関西人の鑑」辻久子逝く

2021年9月号

 今年七月、戦前、戦後のクラシック音楽界を牽引してきたバイオリニストの辻久子が亡くなった。享年九十五。活動拠点を生涯関西に置き、地域の人の尊敬と親愛を集めた人生であった。辻は、一九二六年(大正十五年)に大阪市で生まれ、六歳でバイオリンを始めたという。宝塚少女歌劇団管弦楽団(当時)のコンサートマスターで、自身もバイオリニストだった父・吉之助の厳しい指導を受けた。
 三八年、十二歳の若さで第七回毎日音楽コンクールの一位に輝いたほか、他の有力な音楽コンクールを総なめにして「天才少女」の名をほしいままにした。当時、各コンクールでは予選から他を圧倒する頭抜けた存在だったという。
 十五歳で早くもプロとして活躍し、東京で「四大バイオリン協奏曲」を二夜連続で演奏するなど、斬新な企画が注目を集めた。戦争中は旧満州へ演奏旅行し、ハルビン交響楽団の指揮者、朝比奈隆らと共演している。戦後は旧ソ連やヨーロッパなどでたびたび公演し、世界的な名声を得る。また、シベリウスやハチャトリアンといった作曲家のバイオリン協奏曲の国内初演を手掛けたことでも知られている。多い時には、年間百八十回もの演奏会を・・・