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連載

皇室の風 第157話

星めぐりの歌
岩井 克己

2021年9月号

 平成の天皇・皇后(現上皇夫妻)の古稀を祝って二〇〇四(平成十六)年に開かれた展覧会で、小さな書見台が展示された。お印の白樺の彫刻から美智子皇后愛用のものとわかるが、それに一冊の本がさりげなく置かれていた。
 仏文学者で詩人の宇佐見英治の『言葉の木蔭』だったと、親交のある児童書編集者末盛千枝子が近著『根っこと翼』で明かしている。
 宇佐見が亡くなる前年の平成十三年に、限定五十部の一冊が著者の墨筆署名入りで届けられた。だれが贈ってくれたのか皇后にも心当たりはなかったが、宇佐見の訳書はハーバート・リード『イコンとイデア 人類史における芸術の発展』やテイヤール・ド・シャルダン著作集が手元にあり、贈呈本にも惹かれる言葉があったという。
「生きるためには言葉の木蔭がどうしても必要だ」
「人間のほんとうの共同体は生者と死者から出来ており、そして生きている者より死者の方が遥かに多いということが書棚ほど自然に感じられるところはない」
 宇佐見が訳したテイヤールは、著作集の第四巻『旅の手紙』と第五巻『神のくに』だ。
 主著『現象としての人間』が・・・