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連載

大往生考 第32話

元総理銃殺と救命措置の価値
佐野 海那斗

2022年8月号

 あの日、私は外来で診療していた。七月八日午前十一時五十五分、知人から「安倍元首相が血を流して倒れる 奈良大和西大寺駅前で発砲事件か 心肺停止」というネットニュースの記事が送られてきた。このメッセージを見た時、私はフェイクニュースではないかと疑った。その後、診察の合間をぬって、ツイッターをチェックすると、現場に居合わせた一般人が撮影した多くの写真や動画がシェアされていた。
 ツイッターにアップされた安倍晋三元総理が顔面蒼白で地面に横たわる姿を見て、これは助からないと思った。上半身を撃たれ、大血管を損傷している可能性が高いからだ。即死に近い状況だったはずだ。心肺停止から生還したケースとして、一九九五年に狙撃された國松孝次・警察庁長官(当時)が有名だ。國松氏は午前八時半に撃たれ、九時に日本医科大学付属病院に搬送されている。意識があり、大血管は損傷していない。救命中に六回心肺停止しているが、主治医団の迅速な対応で生還している。安倍元総理とは状況が違う。
 もし、私が現場に居合わせたらどうすべきか。私は銃創への対応の経験がなく、どうしていいかわからない。大学の後輩で一人だけ・・・