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連載

本に遇う 第273話

必ずや名を正さんか
河谷 史夫

2022年9月号

 名は体を現すという。
 孔子が政治の要諦を問われ、それは「名を正すことだ」と答えたことが『論語』に出て来る。
《子路曰く、衛君、子を待ちて政を為さば、子は将に奚れをか先にせんとする。子曰く、必ずや名を正さんか》(子路第十三)
「きっと名称の整頓からはじめるだろう」と吉川幸次郎は訳しているが、宮崎市定によると、「何をおいてもスローガンを正しくしなければならぬ」となる。
 そんな迂遠なこと、すぐには出来ませんよと嘲笑する弟子を先生は「野なるかな」とたしなめる。「野」とは「無教養」(吉川)、または「粗忽者」(宮崎)。
《名正しからざれば、言うこと順ならず。言うこと順ならざれば、事成らず。事成らざれば、礼楽興らず。礼楽興らざれば、刑罰中らず。刑罰中らざれば、民手足を措くところなし》
 ここを「スローガンが正しくなっていなければ、政策に筋道が通らぬ。政策の筋道が通らなければ、政権が安定しない。政権が安定しなければ、教育が進まない。教育が進まなければ、裁判が間違う。裁判が間違ってきたなら、人民は手足を動かすことにも不安がつきまとうことに・・・