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連載

大往生考 第33話

自宅での死を望んだコロナ患者
佐野 海那斗

2022年9月号

 コロナ第七波が再燃している。少なからぬ高齢者が、また命を落とした。私も一人の患者を見送った。この看取りは、家族とは何かを考え直す契機となった。
 患者は八十歳代の日本文学を専門とする元大学教授だった。十年ほど前から高血圧・高脂血症の治療のため、私の外来に通っていた。三年前に肺がんを患い、都内のがん専門病院で手術を受けた。術後経過は順調だったが、昨年再発し、抗がん剤治療を受けていた。三月に撮影した胸部CT検査で、新たな転移が確認された。進行は緩徐だが、治癒は期待できなかった。「余命は一年程度」(がん専門病院の主治医)と考えられていた。
 患者は東京郊外の一軒家に、妻と高校教師の息子、看護師の嫁、小学生の孫娘二人の六人で暮らしていた。仲睦まじい家族で、患者の外来には妻か嫁が付き添うことが多かった。
 コロナの流行が始まり、生活は一変した。患者は高齢でがんを患っている。コロナに罹れば、重症化しやすい。患者は感染を予防するため、趣味の畑仕事以外は外出を控えた。ワクチン接種が始まると、真っ先に接種した。
 家族も感染対策に協力した。嫁が勤務する病院はコロ・・・