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連載

大往生考 第39話

望まぬ延命が生む不幸
佐野 海那斗

2023年3月号

 認知症に安楽死を認めるべきか、世界で議論が進んでいるという。本誌二月号の「『安楽死』論議 幼稚な日本のタブー」を読んで、身につまされる思いがした。それは、「子どもや孫に迷惑をかけてまで生きていたくない」と強く希望した患者を知っていたからだ。
 この人物は、高血圧と慢性胃炎の治療のために、私の外来にかかっていた八十代の女性だ。東京郊外で五十代の息子らと住んでいた。こう書くと、最近話題の「八〇五〇問題」を想起する読者も多いだろうが、この親子は違う。息子は一流大学を卒業後、金融機関に勤め、年収は一千万円を超える。息子が母と同居していたのは、妻を白血病で亡くしたからだ。当時、中学生だった一人娘と実家に戻ることになった。
 患者は生来健康で、十五年前に夫を亡くした後は、悠々自適の生活を送っていた。それが息子と孫との同居により、生活は一変した。多忙な息子に代わり、患者は食事の用意から、塾への送り迎えまで孫娘の面倒をみた。
 こうした新たな日々は、患者にとって楽しかったようだ。「若くして嫁が亡くなるという不幸の結果だが、息子や孫と一緒に生活できることに感謝している」と・・・

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