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連載

をんな千一夜 第73話

和田 妙子 租界に散った夜の花
石井 妙子

2023年4月号

 日本人であることを秘してスターになった女性、と聞いて真っ先に浮かぶのは、李香蘭こと山口淑子であろう。山口は日本軍部により「日本語が達者で親日的な中国人女優」として売り出された。一方、軍部とは関係なく、個人の意志で日本人であることを伏せて戦前の上海で一世を風靡した女性がいる。スパニッシュダンスを得意とし、会話は英語。容貌も日本人離れしていたが、彼女は生粋の日本人だった。
 マヌエラこと和田妙子が生まれたのは明治四十四年。生まれて間もなく朝鮮半島の忠清南道大田に移り住んだ「外地」育ちだった。父は鈴木商店と組んで綿を商い、経済的には恵まれていたが、その分、女性関係はルーズだった。だからこそ、短歌をたしなみ、画家になることを夢見ながら見合い結婚を強いられた母は娘に、自分とは違う生き方をと願った。母の強い勧めで朝鮮の女学校を卒業した妙子は、進学のため日本に渡る。
 当初は文化学院に進学する予定だった。ところが銀座で偶然、松竹歌劇団のレビューを観て衝撃を受けた妙子は入団を決意。父は猛反対したが、この時も母がかばった。ところが、歌劇団員になって間もなくダンス講師と恋仲になり、松・・・

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