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連載

をんな千一夜 第75話

諏訪 根自子 戦争に奪われた才能
石井 妙子

2023年6月号

美貌もまた、災厄であるのかもしれない―。
 父順次郎は山形県庄内地方の資産家に生まれ東京に遊学したモダンボーイ、母瀧は声楽家を志した女性だった。音楽好きでクリスチャンの二人は教会で知り合い結婚。大正九(一九二〇)年一月には長女が生まれる。「根を養えば自ずから育つ」の意を込めて、父はこの子に「根自子」と名付けた。
 夫妻は東京で白樺派の文学者たちと付き合う裕福な生活を送っていたが、根自子が生まれて間もなく順次郎の生家が破産。生活は一変した。それでもクラシック音楽に親しむ習慣だけは手放さず、四歳になると根自子にヴァイオリンを習わせた。師に選んだのは、白系ロシア人で小野俊一(オノ・ヨーコの伯父)の妻となった小野アンナ。アンナは無料で根自子を指導した。同じくロシア革命を逃れて日本にやってきたアレクサンドル・ヤコヴレヴィチ・モギレフスキーも根自子の家庭事情を考え、無料で指導。さらに母の瀧も自分が断念した音楽家となる夢を娘に託し、過度な英才教育を施した。根自子は子どもらしく遊ぶことを禁じられ、ひたすらヴァイオリンを弾き続ける。父は父で、七歳の根自子に一条公爵家の園遊会で演奏させ・・・

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