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連載

大往生考 第43話

切なき睡眠薬依存
佐野 海那斗

2023年7月号

 歌舞伎俳優の市川猿之助が両親と共に睡眠薬を大量に服用し、“一家心中”を図った。睡眠薬は医師が処方しなければ入手できない。なぜ医師が大量の睡眠薬を処方したか、理由は明白で、それほどまでに睡眠薬を切望する患者が少なくないからだ。一方、睡眠薬は容易に依存を招き、時に自殺に利用される。その処方は医師にとって悩みの種だ。
 七十代後半の女性の主治医になった時のことだ。彼女はC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎、肝硬変を患っていた。当初、肝臓内科の専門医の外来に通っていたが、その医師とは反りが合わず、私の外来に移ってきた。
 医師は、前医と揉めた患者を警戒する。独自の主張を貫き、対処に困ることが多いからだ。彼女の場合、それは杞憂だった。シルバーカーを押しながら、診察室に入ってきた彼女は、陽気で人懐っこく、私の話を素直に聞いてくれた。
 彼女の肝硬変は進行しており、腹水も存在した。積極的に治療しても、もはや治癒は期待できず、前医からの降圧剤、利尿剤、睡眠薬、膝の湿布薬を続けながら、症状の緩和に努めるしかなかった。
 異変が生じたのは、それか・・・

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