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連載

をんな千一夜 第76話

小野 アンナ 音楽に殉じた亡命教育者
石井 妙子

2023年7月号

 揺れ動くロシア―。今から約百五年前、この国で起こった革命から逃れて日本に身を寄せ、大きな足跡を残したひとりのロシア人女性がいた。前回、この欄で紹介した諏訪根自子をはじめ、巖本眞理、前橋汀子ら日本を代表するヴァイオリニストを育てた小野アンナ―。彼女が教えたのは単なるヴァイオリンの技術ではない。「音楽とは何か」。それを身をもって示した人であった。
 元の名はアンナ・ディミトリエヴナ・ブブノワ。一八九〇年にロシアのサンクトペテルブルクに彼女は生まれた。父は貧しい官吏だったが、母は名門貴族ヴリフ家の長女。ロシアの大詩人プーシキンと曾祖父は親戚という家に生まれ貴族の娘としてフランス語、英語、ドイツ語といった語学から、ピアノや声楽までを学んだ。才気に恵まれた少女は次第にプロになりたいと願うようになり、親の反対を振り切りサンクトペテルブルクへ。夢を叶えて舞台に立つようになるが、そんな彼女を見初めた官吏の青年と恋をし、身分違いの結婚をした。次々と三人の娘(マリア、ワルワラ、アンナ)を得ると舞台から遠ざかり、娘たちに自分の夢を託して、長女にはピアノを、次女にはヴァイオリンを、三女には語学を自・・・

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