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連載

をんな千一夜 第77話

御船 千鶴子 「千里眼」ブームの悲劇
石井 妙子

2023年8月号

 夏なので怪談めいた話を。映画化もされた鈴木光司のホラー小説『リング』には、長い髪を前に垂らしてテレビ画面から這い出してくる強烈なキャラクター「貞子」が登場したが、実はこの「貞子」には、実在のモデルがいる。
 国の近代化が推し進められた明治時代。エリートたちは争うように西洋由来の学問を学び、とりわけ科学の力を信じた。電気やラジウムやX線に驚き、さらなる発見を科学者たちは求め、一方で大衆は日清、日露の戦勝に沸いた。だが、明治も末年になると急ぎすぎた近代化の矛盾が噴き出し、社会には閉塞感が漂い始める。「千里眼事件」は、そうした時代を背景に起こった。
 千里眼。今日では耳慣れない言葉だが、当時の新聞では一面で当たり前のように使われていた。千里先を見通す透視能力、いわゆる「超能力」のことである。今も、「超能力」が話題になることはあるが、あくまで子どもじみた話とされるか、サブカルチャーの域内に留められる。だが、この時の「千里眼」は、知識層を巻き込んだ、まさに社会的な大事件だったのである。
 きっかけとなったのは、御船千鶴子という女性の登場だった。千鶴子は明治十九年、・・・

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