三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

テイレシアスの食卓 vol.06

ジロールの香り
河井 健司

2023年9月号

 読者諸賢に謝らなければならない。七月号でさんざん持ち上げたオーギュスト・エスコフィエについてミスリードしてしまった。近代フランス料理の祖、これは疑う余地がない。加えて、エスコフィエが携わった書はこれからもおそらく、フランス料理の本質を知る上で重要な意味を持ち続けるに違いない。しかしながら、これらの功績は本人の人格とは切り離して考える必要を説いていなかった。
 セザール・リッツと同時期にロンドンのサヴォイ・ホテルに招聘されたオーギュスト・エスコフィエであるが、着任から八年ほどで職を辞している。当時、公表されなかったが事実上の解任である。理由はワインおよび蒸留酒の業者からのリベート。これは、エスコフィエの没後五十年経った一九八五年に公表された。彼は二度にわたるフランス国家からの受勲者だから、影響を考えてのことだろう。忖度されるほど偉くなってしまったがゆえに、彼の実像は見えにくい。
 筆者は虚像とは無縁の、一料理人である。料理人の本分は美味しい料理を提供することにあるから、そのために日々試行錯誤を重ねる。
 例えば国産の松茸。松茸の持ち味を引き出すには、日本料・・・

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます