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連載

大往生考 第46話

「死の美学」をどう貫くか
佐野 海那斗

2023年10月号

 日本人は特殊な「死生観」を有する、らしい。尊厳死は進まず、安楽死は議論もご法度だ。そんな日本社会も、変わりつつあると感じる患者と家族に出会った。
 患者は八十代の男性だった。高血圧、慢性B型肝炎で二十年以上、私の外来に通っていた。五十代で急性心筋梗塞、六十代で大腸がんを患い、前者は循環器専門病院に搬送されて心臓カテーテル手術、後者は大学病院で開腹手術を受けた。腫瘍が肝臓に転移していたため、肝臓の部分切除術も受けた。患者は、手術を乗り越えると私の外来に戻ってきた。その度に、「死に損ないが戻ってきました。まだまだ死ねませんね」と笑顔で語ってくれた。
 死ぬわけにはいかない事情があった。この患者は江戸時代から続く旧家の主人で、地域の名士だからだ。父は長年、市長を務めた。患者は家業の不動産業を経営する傍ら、市議会議員を務めていた。十年程前に引退すると、家庭菜園を営みながら、地元の国会議員の後援会長に就任し、多忙な日々をおくっていた。不動産業と市議会議員は息子が継いだ。
 この親子は仲が良い。自営業で融通が利くこともあって、外来診療には必ず息子が付き添った。「甘い・・・

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