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連載

テイレシアスの食卓 vol.08

ポワレに詰まった思想
河井 健司

2023年11月号

 お客様は十人十色、レストランでの愉しみかたは人それぞれだが、まれに強固な固定観念にとらわれている方々もおり、いささか気の毒に思う。いってみれば自身の予想の範疇、いわゆる予定調和の中だけで食の喜びを見出す、自称古典料理好きな人達に共通しているいくつかの特徴は、狩猟肉つまりジビエを好み、ワインは特定の産地のものしか飲まず、フランス料理文化史について知らないことには興味を持たない、といったところだろうか。
 そもそもフランスにおけるジビエと日本のそれとは在り方が違うし、フランスでもジビエは嗜好品だ。フランス人の全員が好む食材というわけではない。また、筆者の知る限り本当のワイン通は特定の産地の品に縛られることを嫌う。ブルゴーニュやボルドーだけが美味しいワインというわけではないのだ。さらには、食のまっとうなアカデミズムが存在しない日本で、フランス料理の何たるかなど好事家しか興味を持たない些事に過ぎないが、かといって異文化への理解は知的好奇心なくしてなし得ない。そこで今回はフランス料理文化史の中から、忘れられた技法について。
 日本において料理の原義とは字のごとく、素材に物事・・・

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