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連載

本に遇う 第287話

パソコンが故障して
河谷 史夫

2023年11月号

 あれから百年というので、今年は関東大震災にまつわる新聞記事がたくさんあった。当時の紙面が載っている。ふと取材記者の筆記具はあのころ何だったのかと思った。まさか矢立てを持って地獄を走り回ったのではあるまい。
 首都は壊滅、新聞・通信二十一社のうち二六新報、時事新報、萬朝報など十八社が被災、残ったのは三社だった。朝日新聞も啄木が「京橋の滝山町の新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな」と詠んだ社屋が焼失、発行不能に陥る。通信途絶のなか大阪の本社へ連絡班を送ることになり、各部選抜の四組が中央線ぞい、東海道線ぞい、北陸線ぞいと出発した。
 一番乗りしたのは東海道ぞいに進んだ社会部の福馬謙造である。九月一日夜九時に焼ける東京をあとにして、自動車、徒歩、自動車、汽車と「辛苦の踏破行」のすえ、全身泥まみれで大阪に着いたのは四日朝八時半であった。
「すぐに号外を出す」と言われて原稿用紙と鉛筆が突き出され、「私は鉛筆をとり上げた」と回想記にある。「張り切って一気呵成に、新聞一頁の原稿を書きなぐった」。書いたそばから一枚一枚、ひったくるようにして整理部へ運ばれる。大事件のたびに繰・・・

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