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連載

本に遇う 第288話

物にからかわれる話
河谷 史夫

2023年12月号

 老年期を冷静無比に観察した池内紀さんは『すごいトシヨリBOOK』を書き残して、その中で「年を取ると、モノがモノノケになる」と言っている。
 レストランでコーヒーカップをひっくり返すなんて思いもよらぬことに見舞われる。老いのせいにされがちだが、池内さんによるとこれは年で手の力が緩んだのではない。物が反抗したからだ。「生き物が魔物になるのと同じように、モノがモノノケになって年寄りをからかう」のである。
 あったはずの本が本棚にない。眼鏡がない。画鋲が飛んで一瞬にして消える。いくら探してもない。あるはずなのにない。隠れんぼした物にからかわれているのだ。そういうときは諦めたふりをして戸をパッと開けるとあったりする。〈探しものは何ですか/見つけにくいものですか……〉と歌った井上陽水の「夢の中へ」の世界だ。〈探すのをやめたとき/見つかることもよくある話で……〉
 人間見物人と称した山本夏彦翁の警句集にも「私が探せば必ずない」があるが、先日わたしも被保険者証と診察券(多数)を入れたカード入れの家宅捜索に半日を費や・・・

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