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連載

皇室の風 第183話

「言霊幸ふ国」の行方
岩井克己

2023年12月号

 維新政権形成の激動ただなかの明治七(一八七四)年二月、「日本アジア協会」所属の滞日外国人らの面々が、駐日英国公使館書記官アーネスト・サトウの講演会を開いた。サトウが伊勢神宮を訪問したので、現地報告を聞き、新政権の天皇・神祇政策の行方について意見交換した。
 若いサトウより滞日経験の長い年配の聴講者の多くは、政権の過激な祭政一致政策に批判的で、「日本の神道には道徳律がない」「土着の信仰だったが政治的道具と化した」「見せかけの宗教に人々の尊崇を集めようとしても失敗するだろう」といった辛辣な意見が多かったという。
 しかしサトウは古神道や、漢字の移入以前の無文字の時代から伝わる口承、祝詞といった古朴な痕跡のなかに日本人の精神性の源があると感じ取ったように見える。神道には道徳律の教義はなく、仏教僧や儒者の説く複雑な倫理もみられないとの「定説」に対して、法典や教義の権威の波が外部から押し寄せる前に「古代日本人の土着の信仰の中には、そうした発展への萌芽があった」として、祝詞の英訳や国学研究に取り組んだ。
 例えば、明治十一(一八七八)年の論文「古代日本の神話と宗教的・・・

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