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連載

テイレシアスの食卓 vol.10

極め付きの野うさぎ料理
河井 健司

2024年1月号

 国家の窮地を救った、ある料理人の話を少し。
 フランス革命の五年前、極貧の家庭に生まれる。十歳の時に父親の手でパリ七区のバック通りにほうりだされたが、ある安食堂の主人に労働力として拾われる。その後、幸いなことに十六歳で当時パリ随一のパティスリー、シェ・バイィで働くこととなった。この店を贔屓にしていた政治家で後の首相、タレイラン公爵にその才能を見出されて公爵家に仕える。ナポレオン戦争終結後、各国の思惑がひしめくウィーン会議においてタレイランが駆使した食卓外交の料理を任され会食者を唸らせた。会議の結果、ナポレオン台頭以前の国境線が採択され、敗戦国フランスは危機を乗り越えた。
 この、国家の存亡をかけた食事会を任された料理人こそマリー=アントワーヌ・カレーム、通称アントナン・カレーム。彼なくしてフランス料理史は語れない。
 そこで偉大なる料理人カレームの、代表的な料理をひとつ紹介したい。ヴォロヴァンなるパイ料理だ。
 サクサクに焼き上げたパイ生地の、真ん中をくり抜いて器を作り、この中にソースでからめた具材を入れた料理だが、沢山のバリエーションがある。・・・

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